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なんのために勉強をするのか?

こんにちは、Shinです。

今回は「なんのために勉強をするのか?」というテーマで書きたいと思います。 中高生が多く抱くこのような疑問を少し考えてみたいと思います。また中高生に限らず、一度はこのような疑問を待たれた方も多いのではないでしょうか?

それでは、勉強とはなんであるのでしょうか?

一つ私が思ったのは、勉強というのは、目的というよりも手段なのではないかと思います。

 

例えば、一軒の家を建てようと思った時に、まずは金槌(かなづち)の使い方から学び始めるとしましょう。その時に金槌の使い方を学ぶことは、家を建てるためにすることです。それと同じように、学校などで勉強することも「手段」の側面があるような気がします。

また、何か良いアイデアが浮かんだときに、それを形にするためには、今のスキルでは達成できないという場合、勉強して知識を得るということもあると思います。

以前拝読いたしました清水真木著『これが教養だ』(新潮新書)という本に、「教養というのは実用的なものである」ということが書かれていました。

何か困った時、例えば私の経験でいうと、自分は心配性の質(たち)なのですが、そんな時心配性についての本を読んだことで、心配性について少し理解することができてホッとしました。

そんなことで、勉強というのは目的というより手段という側面があると思います。

 

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では、学生が、日々勉強している中で、よく「勉強はなんのためにするのですか?」、もしくは「この勉強がなんの役に立つのですか?」という疑問を抱いていることがよくあります。

それになんと答えれば良いか、自分自身も悩むところです。

一つは、『ドラゴン桜副読本16歳の教科書2 「勉強」と「仕事」はどこでつながるのか』の中で、日産GT-R開発者の水野和敏さんがおっしゃっていた「好きな勉強をしよう!」という言葉です。なんとなくでもまずは自分の好きだなぁと思える教科をやってみるというのが、一つ良いのかもしれません。

もしゲーム好きなら、ゲームを構成している「グラフィック、音楽、ストーリー、プログラミング」の中で何かやってみるということでも良いと思います。(それ以外でもゲームには多くの学問分野が関わっていますが、ここでは割愛します。)

この2つの例では「勉強はなんのためにするのか?」という回答にはなっていませんが、勉強することで自分にとってプラスになることは確かです。そう思うと自分の好みからまずは勉強してみることでモチベーションがアップするのではないでしょうか?

 

話は戻りますが、そもそも「勉強はなんのためにするのですか?」「この勉強がなんの役に立つのですか?」という疑問や問いが生じた時点で、それを調べるということも勉強なのではないかと思います。

以前読ませていただいた鈴木孝夫著『日本人はなぜ英語ができないか』(岩波新書)という本について、まさに自分も英語は勉強していますが、なぜ自分は勉強しているのに英語が聞けないのか、そして話せないのかと思った時にこの本を読みました。

(内容は割愛しますが、)この題名のように、疑問や問いが生じた時が勉強のチャンスなのではないでしょうか?

 

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話は変わりますが、自分は学生の時に体型を気にしていて、ちょっとダイエットでもしてみようかと思って、脂肪の燃焼を助ける食べ物や有酸素運動、基礎代謝などについて調べたりしていました。学生が食事制限するのは成長のために良くないかもしれませんので、その分運動を多くしたりしていたことを思い出します。

ダイエットは食事だけでなく運動も大事なのですが、とにかく、ダイエットに限らず何か自分が困っていることを調べてみようなんてことも勉強なのではないでしょうか?(何か上から目線ですみません。。)

 

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話は戻りまして、自分が英語を勉強しているのは、「海外の人と楽しくおしゃべりできたら楽しいだろうな」という理由からなんですが、「数学」という教科のことを申しますと、最近少し統計学をかじっていまして(ほんとにかじるだけですが。。)、私がなぜ統計学なんてやろうと思ったかというと、統計学だったら色々な分野で必要なことは想像しやすいかと思います。何かの資料を見るときでも、自分が何か調べた時にも役立つのではないかと思います。また、最近話題のAIの分野でも統計学は使われるのではないでしょうか。そんな統計学に数学が役立つと思えば、何かモチベーションに繋がりはしないでしょうか?

 

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また、学生と社会人と比較してみましても状況は少し違ってきます。学生ですとその目的が成績や資格、進学のためという外的な目的の方が多いと思います。(偏見でしたらすみません。。)そうしますと学ぶ内容もそれに合わせて満遍なく色々な分野を学ぶ必要があるのかもしれません。

一方社会人は現在の仕事のためやキャリアアップのためなど何を学ぶ必要があるか、何を今学びたいかということが具体的で明確になっている場合が多いと思います。

 

そうしますと「何のために学ぶのか?」という疑問に対し社会人の方が、その答えが明確であるのかもしれません。

 

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社会人になると、現在の仕事のためやキャリアアップのために学んでいる方がいらっしゃいますが、学ばなければならないという義務はありません。よくこのVUCAな時代をサバイブするために常に学ばなければならないとよく言われますが、学校を卒業した後は、基本的に学ばなければならないというようなことはないと思います。それでは、なんのために学ぶのかと言ったら、これは個人の学ぶ理由によるのではないかと思います。その人が仕事に生かしたいと思うから学ぶのであって、誰かに強制させられているわけではないのです。

しかし自分が学びたいと思って学んだことが、自分を助けてくれた、というようなことはあります。壁にぶち当たった時に学んだ知識があったおかげでなんとかなったということなどです。桑子敏雄著『なんのための教養か』(ちくまプリマー新書)の中に「教養は幸運(順風)な時には飾りであるが、不運(危機)の時にあっては命綱となる」(アリストテレス)という一節がありますが、学んだことで危機を乗り切れた、ということもあるのではないでしょうか。

 

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「なぜ勉強するのか?」と言うテーマについて書きましたが、何か皆様の参考になればと思います。
以上です。